陸前高田市の☆sweet dream!!☆さんから、2月16日にいただいたお便りです。
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陸前高田市の☆sweet dream!!☆さんから、2月16日にいただいたお便りです。
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岩手県陸前高田市の☆sweet dream!!☆さんからです。
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31日は、秋田の花火師さんの協力のもと、1000発の花火が11時から鐘とともに、冬の空に鮮やかな花がさきました。(*’▽’*)♪ワァ〜
有名なだけに、中々見れないものが見れてよかったです。
亡くなられた方々に捧げるかのように。冬の花火もすんだ星空の中で綺麗でした。
鐘も除夜の鐘とは別に鳴り響きました。
今年最後の・・・・
そして、午前0時と待っての、参拝も願うことは、
みな、同じように二度と同じ災害がありませんようにと、思う方もいられたのではないでしょうか?
年があけてて、1日はマラソン大会も行われました。一人一人思いを胸に!
新たなるSTARTです!\(~o~)/ファァァ31日は、秋田の花火師さんの協力のもと、1000発の花火が11時から鐘とともに、冬の空に鮮やかな花がさきました。(*’▽’*)♪ワァ〜
有名なだけに、中々見れないものが見れてよかったです。
亡くなられた方々に捧げるかのように。冬の花火もすんだ星空の中で綺麗でした。
鐘も除夜の鐘とは別に鳴り響きました。
今年最後の・・・・
そして、午前0時と待っての、参拝も願うことは、
みな、同じように二度と同じ災害がありませんようにと、思う方もいられたのではないでしょうか?
年があけてて、1日はマラソン大会も行われました。一人一人思いを胸に!
新たなるSTARTです!\(~o~)/ファァァ
陸前高田市の☆sweet dream!!☆さんから、12月30日にいただいたお便りです。
クリスマスイブの日は、雪寒い日でした。
その日は一日だけのあの「一本松」がライトアップされていました。(´∇`)<Merry☆Christmas
あたりは、明かりもない町に、天に向かって光っていました。あたりは雪も吹雪いていました。
昼には、ボランティアの方々がサンタになって、仮設に方々にクリスマスケーキとプレゼントが届けられました。.。.:*・゜Merry-X’mas:*・゜。:.*
沢山サンタクロースに(;゜Д゜)!
町は少しずつ仮設の建物が出来てお店が並び始めました。
以前あった所のコンビニ、津波で骨組みだけだった鉄筋が、元のコンビニ戻った。
何となく、嬉しいのとちょっと複雑です。建物はもとに戻るが人は戻らない!
そして、同じように町が戻るわけもなく、先の見えない町。(メ・ん・)?
半年前に比べれば、大分瓦礫が撤去されてきました。
でも、まだまだかかりそうです。
風も強く、雪も、積もりはしないもの、作業している人は大変です。ボランティアのかたも大変です。
人手不足でもありそうです。他県からのナンバーも見かけます。
警察の関東や関西の県警の車両の警察官も頑張って下さってます。ありがたいです。
ご苦労様です。
最近は、湯たんぽの代わりにペットボトルが大活躍です。足元が冷えますから。
石油ストーブにやかんを、その沸騰したお湯を使い、タオルで巻いて輪ゴムでおさえる。
節電でっ。(^O^)!
陸前高田市の☆sweet dream!!☆さんから、30日にいただいたお便りの第2弾です。
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何日後かに、「東日本が」って大きな事に。そうしているうちに、原子炉って?どうゆうこと?って感じでした。あまりにもの衝撃とショックで理解不足でした。
一、二、週間たってから、小学校の衛生電話で遠くの身内、友達、知人と連絡がとれたのは、一人5分以内で、なんどもならんで、数回分けて連絡を取りました。
交通的期間で、物資の行くところ、行けない所もありました。橋が流されたり、道路が海水でうまり、無くなり離れ島になってしまっていたりで。
中には二日がかり山沿いを歩いて帰宅した人もいたそうです。その中には小学生も山のなかに、ばらばらに逃げていた子も。暗闇の中過ごした子もいます。
川を挟んでの集落は、橋がないと町には行けませんから。陸つながりなら、そんな心配はないのでしょうけど。
山々の多い所では、トンネルつながりになっていて、大きく崩れなかっただけでも、よかったです。もしも・・・・
交通ができて、今度はGSです。はじめは前日から並んで、2000円分だけです。なくなったら終りで、入れられない人も、整理券で決まっていたりで。
ガソリン缶を持っていた人はそれを持って並んでいました。缶もない人はそれすら、浮かばないことも、
車を流された人から比べればいいのかもしれません。でも、車もその津波では紙一重です。判断で生死をさまよう事になったのですから。
三陸地震津波、チリ地震津波を、聴いた人経験した人達から、聴いていたのとでは思ってもいなかったと誰もが言います。
ただ、海近くに住む人なら、地震=津波がくるから、高い所をだけを目指してにげる!としか頭に入れて置くことだけ、戻るな!
車も渋滞していたら、車ももったいないと思わずおりて走れ!とにかく、何も持たず身一つでみんなで逃げる!!逃げることだけ
戻っていった人、車に乗っていた人、逃げなかった人は、みんな・・・・
いくら、そこが避難場所でも自己の判断で、危険と感じたらそこから逃げる、放送もあてにならないこともあるのだから、
はじめだけ、サイレンや放送は、津波の規模では聞こえないのだから、誘導していた警察、消防士、消防団は上の判断で動くしかないのも、仕方がないのだけれども
それを、振り切ってでも逃げる事を考えないと、大変な事に。消防士のように訓練していても、町内の消防団は普段は違う仕事をしているのです。何かあったとき、
家事、火災、山火事が、あれば手助けに行くだけの人もいます。なんの訓練も受けていない人もいるのです。近くにいる人が正門を締めに行くのです。命がけで。
3月12日から、本来の仕事ではなくはっぴにメットをかぶって、長靴または、安全靴、軍手、重装備をして、人命救助や、重機を使って物をよけたり、道をならしたりと、
各部署に別れて、自衛隊と、地元の消防団と警察と一眼となって、人命救助へ。
自衛隊の方のおかげで、道が出来てやっと歩けるぐらいになり、そして、車が通れるようになり、交通機関ができた。
陸前高田市の☆sweet dream!!☆さんから、30日にいただいたお便りです。
愛媛県の岡本さんから、どっさりとミカンを送っていただきました。みかんのビタミンパワーで、たくさん書いてくださいました。2回に分けますね。
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みかんが、沢山届いていてびっくり((((;゜Д゜))))しました。
甘くて美味しかったです。d(ゝc_,・*)♪
ビタミンCも、必要ですから嬉しいですね(*´∀`*)
みんなのも、小分けして配りました。
ありがとうございましたm(__)m
新聞で、小学校で祖父母の参観日のようなことが載っていました。
お爺ちゃんやお婆ちゃんから、昔ながらの事を教わる機会が減ってきて
、核家族がふえてきて、そんな交流があると子供たちには、新鮮なことだと
思いました。物のない時代と、ある時代だと違いますからね、
私は、たまたま、近くに祖父母がいたので見たり聴いたりはしていましたから、
同じぐらいの人よりはちっとは、昔の遊びは知っているかもしれないけど、
強く記憶にあるのと、そうでないのがありますけど、
遊び意外に生きて行く、お婆ちゃんの知恵袋?なんちゃって(*´∀`*)””かもしれませんが、
きいたり、見たりしてて良かったと、一緒に作ったり、食べたりして、教わる事も沢山あったと
おもいます、(@_@。今回の被災で活かされました。
私事ですが、電気、水道、ガスも、使えなかった時に、母から、その母もおばぁちゃんからの、経験でいろんなことが
無くても代用出来る物や元はこうだったのかってことが、役にたったのですから。よかったです。
知らなかったら、パニックだったり無駄にしてしまった事も沢山有りましたから。(−−〆)
知恵袋は必要ですねっ。便利な事に慣れすぎてありがたみの無くなっていましたから、
改めて感謝することを、思い出させていただけた気がします。
天罰まではいきませんが、親にも感謝することもできました。
もしも、都会のど真ん中の高層ビルのしたで、枯れ草や枯れ木をどう集めていいかなんて、火をおこして寒さから
しのいでいただろうとか、お米があっても電気がなければ炊飯器が使えないとしら、
どうしていただろう?と考えると、とっさにはわからなかったかもしれません、冷静に判断出来ただろうか?
冷蔵庫もなかったら、冷蔵庫があっても、冷蔵庫がいきなり、何日も使えないとなった時、私一人だったら、そのままだったら(´Д⊂モウダメポ!
冷蔵庫は、水浸しに(メ・ん・)?氷が溶けて・・・・・
後は発泡スチールなんて思いもつきませんでした。
当たり前なんですけど、冷蔵庫の役目がないのです、電気がないと使えない事も、パニックになっていたら全く気にも思わなかったかもしれません。
人から聴いたのですが、冷凍庫のが解けて水滴がすごかったとか?冬だからこそ良かったのです、夏だったら腐って大変生ものはとくに、冬だからすぐには
解けることがなかったのも、あるそうです。日持ちは夏と冬では違いますから。時には外に置いて置いたほうがいいのもあります、室内が暖い場合は。
ラジオもそうでした、普段ラジオも車の中でたまに聞くぐらいで、普段から母は畑仕事でラジオを聞いていたので、
電池しきのは持っていただろうか?持っていなかったら?
まあーGSがあれば、エンジンかけて聞けるけど、GSがすぐに手に入らないとしたら節約しないといけませんよねっ。
停電程度なら、携帯は使えても津波で流されてしまうと電波もなくなり携帯は使えません、全く情報がないのです、わからないのです、
何が起きてどうなってこうなったのか?津波で流れて行くのは見ても、現実なのか?夢?映画のCG?よりも、
はるかにも予想が超えて、リアルすぎて、呆然として見ていることしかできないのです。
逃げるので精一杯だったりして、周りも騒いでいて地震!津波!??????《゜Д゜》
地方のラジオは必死で安否の事しか、連絡を下さいと言っても電話も携帯も使えないのですから。171?
どうすることもできないのです。それこそ、内陸に居た身内が車でいろんな必要なのを持って来てくれた時に、
町の壊滅と聞き?壊滅って?何?どこまで、津波がきたいっていったのか?
いりくでいるので、みえるとこと見えないとこがあるからです。横にも縦にも、山、木々やらで、場所によって、被害は全く違うからです。
避難所に逃げて、取り合いず毛布だけは、もらって寒さをしにぐだけで、精一杯です。毛布すらないところもあったり、
屋根の内おくじょうで一夜を過ごし、やっと救助されて助かった人、山では何も無い所で座って夜が明けるのを待っていた人、
必死で、山を掛上り木にしがみついていた人、手、足に擦り傷をおいながらも、必死で痛さも感じないぐらいよじ登り、後から手、足の痛みがきた人、血だらけでよじ登る
それすらも、足の不自由な人は大変だっただろう。人を助けるために、命がなくなった人もいます。
あと、少し、数センチ、数ミリ、数時間、一秒で人生が変わってしまったのですから。
周りは、海水で身動きがとれず、救助を待つだけの人、自力で瓦礫をかき分け、海水につかりながらも、脱出した人、一人で凍えながらも必死だった人、お互い身を寄せ合い寒さをしのいだ人、
声を掛け合いながら必死だった人、近所で集まって火のだんをおこしあって、寒さをしのいだ人、家が残った人が、家にあるものを持ち寄って空腹をそのいだ人。
自宅から、かなり離れていた人、隣町まで行っていた人、スーパーで行っていた人など、様々な所で一夜を明かした。
津波だけでなく、火災もありました。黒い壁に、黒い炎が見えたり、隣の気仙沼の黒い煙は山から見えていました。
後から、聴いた話ですが、一晩中だったとか?船やら、当たりは黒く焼け焦げ、海にはもれた、油が燃えていて、その熱いい海から、脱出して火傷を負った人も
いたと聞きました。戦後の焼け野原のようだったとも聞きました。(´Д⊂モウダメ:’
聞いていたとき、想像したら、鳥肌がたちました。
周りの体験談を聴いているだけで、血の気がひきそうで、ブルブルと背筋がぞくっとしました。
落ち着いて、半年たってやっと友達に、再開することができて、巨大な黒壁の大きさはなんとも言い難いと思い出しただけでも怖いと、しばらくは言っえなったと。
でも、今はなんとか話せるぐらいにはなりました。あえて良かったーと。(;>_<;)
お互いに海が怖くて、見るのも、近づくのも嫌だねって話しました。
あの日は、たまたま休みだったと、休みでなければ、車は流されなかったのにーと。(つд⊂)
その逆の子も、仕事だったら助かっていた子もいました・・・
どっちもダメだった子・・・
もしも、あの日、あの時、あの場所で、何を、何が、何故、何処で、何を思ったのだろう、何を思えなかったんだろ、こうしたんだろう、こうしなかったのだろう、こうできなかったのか、
なんで、どうして、いつもなら、たまたま、そうでなかった、そうしていた、それなのになぜ、そうだったはずなのに・・・・・行動が誰もが思っているとおもいます。
答えも、ぶつけることも、どうすることもできない、ジレンマ、自問自答していただろう?今でも、、、、永遠に?????悔い悩まされていく人も、
立ち上がれない人、立ち止まっている人、立ち悩んでいる人、さ迷いながらも、止まったまま、進んだ人、進もうとしている人、人それぞれ感じ方も違う、理解出来る人できない人、できなくていいんだと、
理解されたくない人も、現実逃避している人も、現実に立ち向かっているひとも、辛さをこらえている人も、乗り越えたひとも、乗り越えようとしている人も、
焦る事もない、煮詰まる事もあってもいいと思うし、人に合せなくてもいいだろうし、自分のペースで、進んで行けばいいとおもいます、時には立ち止まってもいいと思います。
振り返る事も、振り返らなくてもどってもいいと思います、何が正しいかなんて分かる人とわからない人いて、いいと思います。答えは誰にもわからないとおもいます。
その人一人違うからです。ダメもないきもそます。
誰かのせいにすると、イライラしたり、悔やんで、憎しみがうまれて、自分の身までダメにしてしまうかもしれないから。
期待も、人それぞれ違うのだから、やってやった、やってあげたのに、という気持ちもどこかで、割り切らないと、昔の人は、やったらやった分だけいつか、かえってくる、やらなければかえってこない
時分次第だと、努力しても無理なこともあると思います、努力しないとダメな事もあります。考え方は、一つだけのと、そうでないのとあります。
前だけ見ていては、周りは見えません、視野を広げたり、聴いたり、やってみたりしているうちに、見えなかったのが見えてくる事もあると思います。見えなものあると思います。
一人ではうまくいかなくても、人の手を借りたり聴いたりして、変わることや、分かることも、あるとおもいます。
人にばかり聞いててわからなくなる人もいると思います、いちど、一人になって考えて見たり、紙に書いて見たり、何となくでいいと思います。
頑張り過ぎないことが大切だと思う事もあります、人と人とのつながり、もちつもたれず?一人ではない!必ず、いいことも悪いことも見てる人はいると思います。
性格はそうそう変わりません、変わろうと自分で決めないと、そう、あなた次第ということ。他人のさしすで、文句や口答えしている人がいたら、自分を見つめて見るか、相手なら、
どうするだろうとか?どうしたら喜ぶか?いいのか?自分ならどうされたら、嫌かいいか?その人その人でちがいます。何となく、子供がいいヒントになっていることもあります。
子供は素直ですから、人の話を聞ける子、聞けない子、どうでしょうか?どう思います?出来る子?できない子?は、見ているか?見ていないか?やっているか?やっていないか?
の違いが、あると思います。初めから出来た子、出来なかった子、経験や、多分周りの状況や、環境でも違うと思います。
聞き分けのいい子、聞き分けの悪い子、だぶん子供のせいではないと思います、昔の子、今どきの子?そうだろうか?環境?で変わります。思いやりのある子?、ない子?
そもそも誰がそう決めるのですか?何が基準なのか?
大人もそうです、子供のような大人、大人のような子供、それぞれちがいますし、受け取り方でも変わります、考え方も違います。
例えて言うと、んー(メ・ん・)?都会と田舎、地域の風習や週間も違います。言葉の意味の変わります、同じ言葉でも標準語と一般的に、言われているのと、方言も違います。言い方、イントネーションでも
違います、一つ山をはさんでも、意味が変わるし言い方も変わります、地域ごとや、世代でも変わります、道路挟んでもみじかでも、隣同士でも、兄弟でも、双子でも(メ・ん・)?どうしてでしょう?
同じ人はいないということでしょうか?
人に合わせることも必要な時もあります、そういった、状況、場面、にあわせもった、臨機応変にも慣れるか?慣れないか?
損得や、幸せ不幸も誰がではなく、自分自身の価値観野違い、「百円しかない」「百円もある」で、人は思うこと感じる事、違うからです。感情表現も、苦手だったり、うまかったり、感性の違い、個性です。
人付き合いがうまい人、下手な人、苦手、好き、嫌い、合う、合わないも当然あると思います。。、
最低限の躾は大事です、いい、悪いは最低限教えて、叱る事も時には必要です。
人前での行動は、親ではなかろうか(つд⊂)?大衆の中での行動、実家、知人の家での(メ・ん・)?行動は、
普段からの生活で出てくるものです。団体生活でどれだけその子も、親も見られ方が全然ちがいますから、
可愛がられる子と、そうでない子は、ほんとうに大変だと思います、余りにも騒いで迷惑がかかっているのに、
怒らないのも?(メ・ん・)?もっと、小さい子や赤ちゃんでも、お年寄りも、居てだと?
仕方ないといってしまえば、仕方がないのですが、我慢の限界もある人も、精神的にも病んでいる人もいるとなるとなると、考えなければならないことも
あると思います。お互いに気遣いがあってで、お互い様もあることも、あるのでなんとも難しですけど、でも、人付き合いは
一番大切で、一番難しいです、
いい人と思われたいだけで、裏では?
あからさまに人を見て行動する人、?
世渡り上手と、下手な人。苦手、
賢いと、ズル賢いでは違います、
きがきくこ、さりげなくやる人と、あからさまにやる人、全くやらない人と、やれるのに要領の悪い子
大人も子供も同じです、人として見れるか見れないか?
自然の笑顔、作った笑顔?
らしさ?
年齢にあった環境?、状況?状態?それぞれ思うことは、十人十色ですかんね。?(;´∀`)
つづくかな?
カツロン株式会社(東京都墨田区)の荒井寿実さんから提供していただきました第2弾の145個のバッグとポーチは、長野県内で送料分を求めていただき、残りすべてを岩手県と宮城県の9ヶ所の被災地の皆さんにお送りできました。
「今日の夕方に届きました\(⌒日⌒)/ ありがとうございます。・・・母も(≧∇≦)大喜びしてましたし、母のお友達もみえていたので、渡しましたし、その娘さんにもわたしました。(^0^)/ また、休みに友達にわたします。(@^▽^@) 絵はがきも添えました。昨日は、チラチラと雪が見えました、寒くなりました」
「本日届きました 感激しました 皆も凄く感謝していました。ありがとう御座います。これから、カツロンの荒井様に お手紙を書こうと思います ありがとう御座いました」
「今日の夕方届きました。明日、皆さんに見てもらって、欲しい人にもらってもらいます」など、嬉しいお礼の声が届いています。
マップの書き込みにも「バックありがとうございました。母も喜んでいます」、「友達から、荒井様からバックを頂きました、ありがとうございました。。」、「荒井様 かばんありがとうございました。この前も、頂いてほんと嬉しいです」などの声が届いています。
素敵なバッグやポーチを手にされて、被災地の皆さんに、ちょっと笑顔が戻ったかしら?今夜は素敵なバッグを持って、お友達とお出かけする夢でも見るのかしらね?皆さんの笑顔が見えて来るようです。大量のバッグを快く提供してくださった荒井さんと、中に入ってくださったボランティアの皆さんに心から感謝致します。
「雪が舞っている」と言う声も、東北から届いています。これから本格的な寒さがやって来るため、マップには暖房器具を求める書き込みもあります。この冬を乗り切るため、引き続き全国の皆さんからの暖かいご支援が、被災地の皆さんに届きますように。
東京都墨田区の、バッグメーカーのカツロン株式会社の荒井寿実さんから先日、東日本大震災の被災地の皆さんのためにと、おしゃれで可愛い145個のバッグやポーチが311HELPメンバーに届けられました。
【被災地の皆さん、バッグはいかが?:東京都カツロン】2011.11.8
被災地の皆さんには、無償で送ることができます。発送、発送の関係もありますので、おとなり近所に声を掛けていただき、どうか10個以上まとめてください。
17日には、宮城県南三陸町歌津中学校の仮設住宅にお送りしました。
被災地以外の方には、有料でお求めいただき、送料で協力していただいております。売上金は全額送料に充てさせていただきますので、求めてくださる方は、田原までご一報ください。
311HEHPメンバー 田原富美子 cyrus.poco.jin@ymail.plala.or.jp
陸前高田市の☆sweet dream!!☆さんから、12日にいただいたお便りです。
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昨日は、市内の小、中学校の合唱コンクールがありました。いつもの高田市内の会場がなくなって、会場はとなりの住田町でやりました。
それぞれ練習の成果が出たのではないでしょうか。(-^〇^-)
昨日で、8ヶ月がたちました。月日がたつのは早いものです。
また、新しく店が出来て、少しずつ街並みが変わってきました。
瓦礫も大分なくなり、一度はダメになったコンビニも新しくなり、
その隣に100円キャンドゥが出来て、助かります、今までは、大船渡まで行っていましたから。
スーパーもあるので、食品とちょっとした雑貨は揃うようになりました。
まだまだ、町は(メ・ん・)?これからです。
ネットでつながれるのもいいですね。( ^^)/▽▽\(^^ )
☆sweet dream!!☆
必要物資・支援要求マップ311HELP.com をご利用してくださっておられる被災地の皆さんに、お知らせします。
皆さんが書き込んで使ってくださっているマップは、被災地の皆さんが必要な物を書き込み、それを見た全国の皆さんが、物資などの必要なものを支援してくださるために立ち上げたものです。
そのため今まで、被災地以外の皆さんが提供してくださる物資に関しての情報は、直接書き込んでくださった方以外は、私たちの側からはほとんど別のサイトに委ねて来ました。
しかし、私たちの活動を信頼してくださっている多くの皆さんが、快く私たちに物資を委ねてくださっています。そう言った皆さんのお気持ちが大変有り難く、個人のホームページや、フェイスブック、ツイッターなどで、支援物資の提供情報を流しています。どうか、マップだけではなく、フェイスブックもご覧ください。
フェイスブックの「必要物資・支援要求マップ http://www.facebook.com/311help
Facebookから 必要物資・支援要求マップ 311HELP
長野県大町市でお米を作っている女性から「被災地の皆さんにお米を提供したい」と、311HELPスタッフに連絡が入りました。
その方には、現在30代半ばの息子さんがおり、息子さんは学生時代に仙台市近辺住んでいました。
現在は長野に戻られてお仕事をされていますが、学生時代にお世話になった方や、友人が多い東北の地で大震災が起きたことに、親子共々大変心を痛められております。
…続きを読む
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14【被災地の皆さん、バッグはいかが?:東京都カツロン】2011.11.8 – peco28 Jimdoページ
東京都墨田区の、バッグを製造する株式会社カツロンの荒井寿美さんから先日、東日本大震災の被災地の皆さんのためにと、145個のバッグやポーチがついつい企画に届けられました。荒井さんからバッグが贈られたのはこれが2回目で、前回の3倍以上の数に、びっくりしています。
陸前高田市の☆sweet dream!!☆さんから、第5弾のお便りです。
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先月、関東ローカルTVの「修造学園」とういう企画で、陸前高田市の半島が。
当時(3.11)災害で、道路も鉄道も壊滅して、孤立してしまった地区がありました。
そこは、住民が助けあいながらいく日も過ごし、なかなか物資が行き届きにくい地域として、以前他のTVでも報道された地域です。今度は、また新たに10月に住民と小学生の(復興のシンボル)\(~o~)/をつくる姿を、子供たちがその時の経験を、涙をこらえながら、話していました。(´;ω;`)
「元気村」を、修造さんと、ドン小西さんが来て応援。ブログもあるのですが、記載されていました記事の、放送がありました。
穏やかに過ごしていた日々。夏休みには海水浴をして遊んだ海が、大きくて真っ黒の壁となって押し寄せ、町から家や車や周りをどんどんのみ込んでいく中で、必死で逃げた。
恐怖の塊でしかない現実、誰もが目を疑う夢であって欲しいとなんども思いながら見た光景。それからやがて引いていく波の爪痕、日が暮れて、暗闇と寒さがそれを追い込むように夜がきたことを、子供たちは?
その後、なかなか人と人のふれあい(´∀`∩)が無くなってきたなかで、協力しあい助けながら過ごした。
ライフラインが無い中、どうしながら,そこまで、自衛隊がくるまでのなか、何を思い、戸惑いや迷いながらも、年長者が教えて、生きていくすべが、そこにはあったとおもいます。
都会では考えられないような事が沢山あったとおもいます。できないこともあったと思います、
逆に都会だから出来ることもあります。都会しか出来ない事もあります。
環境をいかした生き方がそこにあるのかと?お互いの「絆」があります。!(^^)!
家が残った人達が家いえにあるものを持ち寄り、炊き出しをしたりして、振舞う姿もありつつ、助けた人達もいれば「残り物を食べた」と、それでも、文句をいわれ「当たり前だ」という人もいたそうです。
避難所には食べ物が行きますが、家のあるところには食べ物がなくなって、買い物にも行けない人達もいました。
中には避難所近辺では、各一軒にお握り一つ、二人でも一つという状態もあったそうです。それをまた、文句を言う人もいたり、人が多すぎて、中々まわってもこない。座るのがやっと、毛布だけで寒さを凌ぐだけでも辛いのに、空腹ともたたかわなくてはならなかった日々。
泣き騒ぐ小さい子「黙らせろ」と叫ぶ大人をまのあたりにした子供たちも「一人の人だ」ということを。
そんな「仲」を見た子供たちもいます。
一生懸命な人、そうでない人、それを手助けしてくれた、自衛隊やボランティアの人を見て、感謝していた子供たち。
やがて、その子供たちの笑顔に大人たちは救われただろう。
地震だけと、地震と津波の失ったものは、人それぞれ感じ方が違いますし、同じ地域でも、高台で家が残った人と失くなった人では、複雑な関係もあります。
地域ごとの仮設によって、過ごし方も、訪れる方々も違いますし、配慮もちがいます。
仮設の人達だけで、協力し合いながら、お年寄りのケアーの仕方も違います。子供たちの環境も変わって来ています。
小学生の子が「自分はいつもの家庭生活があっても、仮設同士の友達との間が出来ていたことも一時はあって、それを乗り切って生きていることと、その中に得ることもあった」と、小さいながらも、死と別れと恐怖を、悩み考えている子供たちの姿。大人たちも共に学んでいるのだと思います。
最近はボランティアの人達が、仮設の入口付近に、お花を植えてくれたりして(^v^)。また、道路沿いにも、来年のための種が植えられました。
育てるのも大変ですが、✿ボランティアの人と地域の人達が植えたflower road。来年は華やかな道並みが出来るのも楽しみです。
ここのボランティアの方も週末に来ては、炊き出しや、ゴミ、瓦礫の方付けなど、細かい作業をして下さっています。
一方では、山沿いは木がどんどんと伐採されて、土をならしながら、平らになってきました。何が立つかは(メ・ん・)?
地盤が沈下した分、かさ上げとか、高台に移転していくのだとは、誰もが思いもしなかった光景が(@_@。
20年前、温暖と言うのがなかった頃は、紅葉も綺麗だったが、気候もかわり、町の活気も(つд⊂)変わってきて。
それに追い打ちをかけるかのように来た震災は、何を問いかけ、置いていったのだろう?
世界が、いろんな形で支えてくださるおかげで、生きていられる。日々感謝の気持ちを持っていけば、きっといつかまた(’-’*)希望が持てる日がやってきて、前に進んで行く。新しい未来へ(o・・o)/~
そして、また新しくお店ができました。
中には、お店を内陸に移転して、始めた人もいます。
まだまだ、生活に余裕が無い方たちが沢山います。
食費代、光熱費などなど。仮設は狭いので、2年後の生活も考えないといけない。
土地は高くなってきて、売れてしまって、いい所が無くなって来たり、土地代、家を建てる費用などなど(T_T)’’
☆sweet dream!!☆